第十章

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しばらくして、彼女が受付で名乗っていたことから、高橋千佳という名前がわかった。 塾の壁に貼られた順位表を見て、彼女の成績が良いということがわかって嬉しくなった。 廊下でぶつかったときは、本当に心臓が飛び出るかと思った。 毎週木曜日は、僕にとってかけがえのない時間だった。 別に話しかけようとか仲良くなろうなんて思わなかった。 ただ、彼女がそこに存在してくれるというだけで、僕は生きていけた。 彼女と二度目に接触したのは、二年生の十二月のことだった。 僕とぶつかった彼女は、その手に抱えていた本を床に落とした。 僕は慌ててしゃがみこむ。 「ごめんなさいっ」と、彼女も床に散らばった本に手を伸ばした。 「いや、僕のほうこそ申し訳ない」 本を拾い集めていると、彼女が「あ」と何かに気が付いたような声を発した。 「え?」 どうしたのかと思って彼女に視線をやると、「や」と何でもないという意図の返事が返ってきた。 「あ、ごめんね、ありがとう」 本を拾ったことに対するお礼だ。 僕は手の中にある本を彼女に渡そうとして、一番上にある参考書に目を留めた。 「あ、高橋さんもそれ借りるんですね。その本、すごくいいですよ」 素直な感想だった。 自分が知っている英語の参考書の中で、おそらく最も良質だ。
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