75人が本棚に入れています
本棚に追加
しばらくして、彼女が受付で名乗っていたことから、高橋千佳という名前がわかった。
塾の壁に貼られた順位表を見て、彼女の成績が良いということがわかって嬉しくなった。
廊下でぶつかったときは、本当に心臓が飛び出るかと思った。
毎週木曜日は、僕にとってかけがえのない時間だった。
別に話しかけようとか仲良くなろうなんて思わなかった。
ただ、彼女がそこに存在してくれるというだけで、僕は生きていけた。
彼女と二度目に接触したのは、二年生の十二月のことだった。
僕とぶつかった彼女は、その手に抱えていた本を床に落とした。
僕は慌ててしゃがみこむ。
「ごめんなさいっ」と、彼女も床に散らばった本に手を伸ばした。
「いや、僕のほうこそ申し訳ない」
本を拾い集めていると、彼女が「あ」と何かに気が付いたような声を発した。
「え?」
どうしたのかと思って彼女に視線をやると、「や」と何でもないという意図の返事が返ってきた。
「あ、ごめんね、ありがとう」
本を拾ったことに対するお礼だ。
僕は手の中にある本を彼女に渡そうとして、一番上にある参考書に目を留めた。
「あ、高橋さんもそれ借りるんですね。その本、すごくいいですよ」
素直な感想だった。
自分が知っている英語の参考書の中で、おそらく最も良質だ。
最初のコメントを投稿しよう!