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「本、返すんですか」
「あ、うん、全部持って帰るの、重いし」
「そうですよね」
たいしたことのない会話だが、緊張して喉がからからに乾く。
人とまともな会話をすることなんて、一年で数えるほどしかない僕にとっては、少し難易度が高すぎた。
書籍コーナーへ入っていく高橋さんとすれ違う。
このまま帰るのが僕のあるべき姿であることなんてわかっていたはずなのに、もしかしたら高橋さんは傘を持っていないかもしれないという思考が僕の足を止める。
違う。
本当は雨なんて関係ない。
眺めているだけで十分だと思っていたはずなのに、身の程知らずな僕は彼女ともう少し話していたいという欲を出す。
用事を済ませてコーナーから出てきた高橋さんは、僕を見て「えと」と困ったような表情を見せる。
それだけで折れそうになるくらいに、僕の心は弱かった。
「あ、すみません、なんか勝手に。駅まで、一緒にどうかなと思ったんですが」
もっと、ましなことは言えないのだろうか。
友達が欲しいなんて思ったことはなかったはずなのに、高橋さんを前にすると、自分の対人スキルの低さに嫌気がさす。
「え」と高橋さんが目を丸くしたことで、一瞬にして自分の思い上がった行動を後悔した。
「あ、申し訳ありません。帰ります、僕、すみません」
「いや、そうじゃなくて」
高橋さんが慌てて顔の前で手を振った。
「え」
もう僕は何が何だかわからなくなってしまっていた。
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