第十章

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「高橋さん」 その名前を口にしただけで、優しくなれる気がした。 久しぶりに高橋さんを間近で見て、思わず表情がほころぶ。 「何で、熱……」 「昨日、雨に濡れたからかな」 「何で?傘持ってなかったの?」 傘。 持っていた。 高橋さんと一緒に帰った折りたたみ傘。 天気予報を確認する術を持たない僕は、いつでもそれをカバンに忍ばせていた。 でも。 「帰り道で、猫が捨てられたんだ」 バイトの帰りに、ダンボールの中で雨に当てられる子猫に出会った。 こんな風に動物を捨てる人がいるのかと悲しくなった直後に、もしかしたらそうせざるを得ない何かが飼い主にもあったのかもしれないと想像して、一層心が痛くなる。 どうにか救ってやれないかと思ったが、自分がその力を持たないことが申し訳なくてならなかった。 さしていた傘をダンボールの上に傾けてから、着ていた学ランを脱いで子猫の体を拭った。 「ごめんな」と謝って、子猫を残してその場を去った。 あの猫は、きちんと誰かに拾ってもらえただろうか。 「買えばよかったじゃない」 「五十二円じゃ無理だよ」 傘どころかタオルも買えない。 「それで?自分はあの雨の中濡れて帰ったの?」 高橋さんが信じられないという表情を見せた。
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