第十章

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「バカだよね」 自分でもそう思う。 けれども、僕には他に選べる道がなかった。 力を持たない人間の選択肢が限られてしまうのは、仕方のないことだ。 「うん、バカだよ」という言葉に表情がほころんでしまう僕は、本当にただのバカだった。 「ごめん、先帰って。高橋さんにうつしたら悪いから」 「一人で大丈夫なの?親とか呼んだら?ケータイは?」 「僕、携帯電話、持ってないから」 お金がないこともあるが、必要性を感じたこともない。 電話もメールも、僕には相手がいなかった。 「自宅の電話番号は?教えてくれたら掛けるよ」 「電話、うちにもないから。それに、あったって多分出ないと思うし」 「ご両親、仕事で遅いの?」 仕事。 仕事か。 普通の大人は、しているんだろうな。 「あの人がまともに働いてくれるなら、嬉しいんだけどね」 あの人という言い方が気にかかったのか、高橋さんは「夏目君、片親なの?」と問いかけた。 「うん、父親しか、いないよ。母親は、僕が小さい頃に死んじゃったから、正直、よく覚えてないんだ」
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