第十章

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「おい、ちょっとこっち来い」 「はい」 ちゃぶ台の前で酒をあおる父の元へ行くと、手に持っていたコップの中のビールをバシャッと僕にかけた。 「お前のその澄ましたようなツラがムカつくんだよ」 僕の腕を掴んで引きずり倒す。 そのまま倒れ込んだ僕のお腹に蹴りを入れた父は、馬乗りになって僕の首に手をかけて締めた。 「お前さあ、ほんと毎日何が楽しくて生きてんの?誰にも必要とされてないんだから俺以下だろ。さっさと死ねよ」 わかっている。 父がこのようなことを言いながらも僕を手元に置いておくのは、僕を蔑むことによって自分の価値を確認したいからだ。 臆病な父のための精神安定剤、それが僕だった。 父は僕を殺さない。 この人に、そんな勇気はない。 朦朧とする意識の中で僕は必死に自分にそう言い聞かせた。 「あー、くそっ」 何かに苛立った父は僕の首から手を離してさらに酒をあおった。 咳き込む僕に対して、「おい、早く飯っ」という言葉が飛ぶ。 「はい」と答える言葉が濁った。
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