第十章

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「ん……」 患者さんの手が僕の腕に伸びる。 意識があるのか。 頑丈な人だと、素直に思った。 「あ……、ぁ……」 何かを、言おうとしている? 「なんですか?どうしたんですか?」 僕は患者さんの口元へ耳を近付ける。 ストレッチャーが処置室へとたどり着いていた。 「た、か……し……さ」 え。 高橋さん? 聞き間違いだと思った。 僕の彼女への未練が、そうさせているのだと思った。 それでも僕は、反射的に振り返る。 その瞬間、「心停止っ」という内海先生の声が耳に飛び込んできた。 「内海、こっちっ」 僕が他のスタッフを呼び捨てるのは珍しいことだったが、その時は気付きもしなかった。 心の中にある余裕とか、雑念とか、そういうものが一気に吹っ飛ぶ。 指示を出しながら、無我夢中で心臓マッサージをした。 そこにいるのが本当にあの高橋さんだとか、八年前よりもさらに彼女が綺麗になっているだとか、そんなことはこの時の僕の頭の中にはなかった。 ただ、死ぬなと、そう念じた。
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