第十章

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事が起こったのは、卒業式を間近に控えた二月の末のことだった。 午前三時、近所のコンビニで深夜のバイトをしていた僕は、ゴミを捨てようと店舗の外へ出た。 暗闇の中で影が動く。 所定の場所にゴミ袋を置いた僕は、その影に向かってそっと近付く。 途中でそれが人であることを認識して思わず息を飲んだ。 「あの」と声をかけたときには、目が慣れたのか、目の前でうずくまっている女性が全裸であることに気付いていた。 ただ事でないことは火を見るよりも明らかだった。 「大丈夫ですか」 涙目でこちらを見上げた女性を、僕は知っていた。 といっても、名前はわからない。 図書委員の一年生であろう、昼休みに図書室に行くと、よくその姿を見かけた。 「ちょっと待ってて、羽織るもの取ってくる」 僕はコンビニのユニフォームを脱いで彼女にかけると、急いで店内に入る。 先輩に簡易的に事情を説明しながら、コートと休憩室にあった毛布を持って彼女の元に戻った。 「大丈夫?とりあえず、中入ろう」 「ありがとうございます」とか細い声で囁く彼女の腕を引いてバックヤードへと入った。 彼女を椅子に座らせた僕は、店でココアのペットボトルを購入して渡す。 「すみません、ありがとうございます」 今にも消え入りそうな声だった。
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