第十章

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「夏目先輩、ですよね」 彼女は僕の目を見て尋ねた。 「僕のこと、知ってるの?」 あれだけの事件を起こしたのだ。 校内で自分の名が知れ渡っていることくらいはわかっていた。 しかし彼女はそのことは口にせず、「図書室によくいらっしゃるので」と力なく微笑んだ。 会話が途切れる。 どうしたの、と聞こうとして口を噤む。 代わりに出た言葉は「ご両親に、電話とか」というものだった。 彼女は小さく首を振る。 その瞳には恐怖が映っていた。 僕は頭の中で必死に他の選択肢を模索する。 すぐに一人の男の顔が思い浮かんだ。 一つ瞬きをしてから、「なら、一に電話する?」と尋ねる。 彼女は目を丸くした。 僕は色恋沙汰には疎い人間だ。 それでも僕がそれに気付いたのは、それだけ一徹のことを見ていたということだろう。 「といっても、僕、あいつの連絡先知らないから、もし番号覚えてたらだけど」 僕はカバンの中から取り出した携帯電話を彼女に差し出した。
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