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「なつめ、くん……」
どくん。
自分の心臓の音がはっきりと聞こえた。
振りかえった先にいる君は、まだ、しっかりとその瞼を閉じたままで。
「ごめんね」
確かに、彼女の声だった。
可愛らしいその声は、あの頃と、何一つ変わっていない。
「夏目君、ごめんね」
そっと近寄ると、君の頬を、すっと涙が伝った。
綺麗な、涙だった。
「愛してるよ。この、世界中の誰よりも」
そうして、僕は彼女にそっと口づけをする。
一瞬、触れるか触れないかのそれは、僕の、初めてのキスだった。
「さようなら」
もう、振り返らない。
病室を出て、僕はそのまま歩き出した。
ごめんね。
たくさんのものを与えてもらったのに、何も返せなくて、ごめん。
僕が君を幸せにしてあげたかったけど、それは、叶わない。
どうか、君が、素敵な誰かと幸せな日々を過ごせますように――
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