第十章

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「はい、わかりました。では、お願いします。失礼します」 廊下を曲がると、灯の落ちたロビーの隅で電話をする内海先生の姿があった。 「お疲れ様」 「お疲れ様です。今日はもうあがりですか」 「うん」 「夏目先生の私服初めて見ました」 「はは」 確かに、生活の中で白衣を着ていない時間の方が圧倒的に短い。 無意識に内海先生の電話に目をやると、僕の視線をどう読んだのか、「ベビーシッターです」と電話の相手を答えた。 その言葉に僕はわずかに首を傾げる。 「あれ、お友達は?」 今日は都合がつかなかったのだろうか。 僕の問いに対し、「絶交しました」と言葉とはそぐわぬ爽やかな笑みを見せて答える。 思わず、「あ、そうなんだ」と納得してしまった。 「夏目先生の夕食は今日もおにぎりですか」 「今日は友人と居酒屋」 あれから三週間が経ち、八月になっていた。 あの後、三池に言われた通り翔太と連絡を取った僕は、今晩拓実も含めた三人で飲みに行く約束をしていた。 「夏目先生って友達いたんですか」 目を丸くして随分と失礼なことを言う。 しかし、内容が間違っていないものだから反論のしようもない。
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