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「時間はあるか」
有無を言わせぬ口調だった。
単なる世間話をしに来たのではないことは、その表情からも明らかだった。
「はい」と答えた僕は、「一通、メールを送っても?」と続けた。
「先約があったか。悪いな」
「いえ」
僕は携帯電話の電源を入れて、今晩の約束の断りを入れるメールを短く打った。
「飯でもどうだ?奢るぜ」
「ここでは済まない話ですか」
「それはお前次第だな」
一拍置いて、「ご一緒させていただきます」と答えた。
不思議と焦りはなかった。
いつか、こんな日が来るような気がしていた。
その会話を、幾度イメージしたか知れない。
大丈夫、と心の中で自らを鼓舞した。
「よし」と言った羽生刑事は、そのまま踵を返し駐車場へと向かって歩いた。
どうやら車で来ているようだ。
運転席に乗り込んだ羽生刑事に続いて助手席のドアを開く。
「失礼します」
シートベルトをきちんと締める様を見ながら、やはり警察官なんだななんて感じる僕は、どこか感覚がずれているのかもしれない。
羽生刑事は何も言わずに車を発進させた。
車は夜の街を駆けてゆく。
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