第十章

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自身の空白を埋めるように働いたが、お金が僕に与えてくれたものはそう多くはなかった。 贖罪で選んだ進路のために大学を受験したが、それとて大きな意味はなかったような気がしていた空っぽの僕は、もはや漱石の小説で満たされる存在ではなくなっていた。 そんなものありはしないと思う一方で、それでも、漱石の、高橋さんの代わりを探した。 思えば僕には、何の覚悟もなかったのだ。 あの日、電話の向こうの高橋さんに「任せて」と言ったあの瞬間、しなければならなかった決断を、僕は先送りにしていた。 僕は渡辺翔太と同じクラスになる確率に、自分の大学生生活を賭けた。 彼に声をかければ、自分の存在が無から有へと転じるような、そんな気がしていた。 僕は賭けに勝った。 今となってはあれを勝利と呼ぶべきかは甚だ疑問だが、それでも、僕は一時的に虚構の自分を獲得した。 柳瀬拓実を選んだのだって、単純に僕が彼に惹かれたのだと言えばそれまでだけれど、しかし結果的に言えば彼を選んだことは失敗だった。 拓実は初めから気付いてた。 彼らの前にいる『夏目宗佑』という存在が作り物でしかないことに。
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