『終』

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『終』

  「ねえおじさん、僕に竹馬の乗り方を教えてよ…」 「駄目だよ。教えたら社長に怒られてしまう」 「僕の竹馬は暴れ馬なんだ。だから僕は直ぐに落とされちゃうんだ。パパには後で説明するから、お願い」 「説明はしなくていいから社長には秘密だ。内緒だ。分かったな?」 その後、私は自分の下手なのを棚に上げ、彼の教え方が悪いと批判し、それだけでなく彼との約束を破り、父に告げた。翌日には彼は解雇されていた。 その頃の私は『解雇は困ること』だけにしか考えていなかった。今の私から見た昔の私は残酷な子供だと思った。 不意に瞳目掛けて光の刃が飛んできた。「痛いっ」馬鹿げた錯覚だ。ただの光だ。痛いわけない。 「息子よ、お前は作業場から逃げ出したらしいな」 私は近くに竹馬が無いことに気付き、怒りが頂点に達した。 「竹馬は何処だ!」 「竹馬などどうでもいい。話を反らすな。私はお前の失態について話しているのだ。竹馬ごときの遊具に惑わされるな」 私は『それ』に惑わされ、操られていたのかもしれない。けれど今の私には無意味な事である。『それ』と過ごした僅かな時間が『それ』の策略だとしても『それ』は父が与えなかった物を与えてくれた。 結果的にそれが正しいのかははっきり言えないが騙されたからといって損失があったわけでもない。得た物の方が私には大きかったと実感している。 「社長…いや父上、私は今日父子の縁を切り、辞任します。辞任の前に一つ願いがあります。竹馬を返して下さい」 父は溜め息を漏らし、頭を抱え込むように腕を添え、俯いてしまった。しかし、私には何の価値もない行為だ。それより早く『それ』に乗り、街を歩きたかった。 部屋の扉が開き、『それ』を抱いた先程の女性…秘書が父の隣に立った。 「竹馬を息子に渡せ」 秘書は事務的に物事をこなすように私に『それ』を渡した。私は直ぐに部屋を飛び出し、会社を飛び出し、アスファルトの上を滑走した。周りにいた人々はものめずらしそうに私を見、私の後をつけてきた。 街中を練り歩いた。私は練り歩く内にある結論を見いだした。 怠惰に彩られた窮屈そうな脚が悲鳴をあげて 歩けよ歩けよ、我が足で歩けよ。
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