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『こいつぁ、、ひでぇ』
土方は思わず絶句した。
それほど沖田の剣の状態は酷いものであった。
………
浮かぬ顔で、二本の刀を持って屯所に帰っきた沖田を見かけたのは、少し前。
事情を聞いた時は、品物を売らんが為の口車に乗せられたのだろうと土方は思った。
だから軽い気持ちで私室に招き入れ
『刀を見せてみせろ』
と言ってみた。
大した事はない。
口車に乗せられただけだ。
そう言ってやるつもりだった。
だが抜き放ったそれは、もはや刀と呼べる代物ではなかった。
そこには刃の輝きは既にない。
おそらくは地金が完全に剥き出してしまっているのだろう。
鈍色の痩せた板っきれにしか見えない。
土方なりに、色々な刀剣を見てきたつもりだが、これほどの物は、お目にかかった事はない。
無論、悪い意味でだ。
ここ数回の一番隊による巡察においては斬り合いになる事はなかった様だが、もし起こっていたら、、
その想像に、土方の背筋に冷たい物が流れる。
いかに天賦の才に恵まれていたとしても、これでは役に立つ訳がなかった。
京に上がってからこっち、これ一本でやってきたと知らされ、更に驚かされた。
昔から、この沖田という男は、何事にも無頓着なくせに、時折何かに対して子供っぽい執着をみせる事がありはしたが、、
京に上がった当時の貧乏浪士の頃ならいざしらず、今や会津お預かりの身分で相応のお手当を頂いている身分である。
銘刀、大業物は難しくとも、ある程度の質の普段使いの刀の一本や二本楽に買える身分である。
事実、他の幹部連中は一、二本の予備を所有している。
土方が無言で睨みつけると、沖田はバツの悪そうな表情で頭を掻いた。
土方は、もう一方の刀をあらためてみる。
沖田が借り受けた刀である。
無銘ではある様だが、丁寧な造りだ。
この程度の造りなら、刀剣が高騰している昨今、十両以上の値が付くのは間違いない。
当然であるが刀は実用品だ。
それもおよそお上品とは言えない使い方をする品物だ。
使えば、欠けや曲がりは当たり前。
下手をすれば折られかねない。
だからたいていの場合、刀剣商は代替えの貸し出しを嫌がる。
もし代替えを出してくるとするなら、竹刀よりはマシ程度の数打ち(粗悪な量産品)のクズ刀。
いや、まだ出してくるだけでもマシだろう。
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