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暗い暗い渦の底には、いつも嫌な思い出が漂っている。
その夢は見たくない。
気持ちだけが抗うが、この引力には逆らえなくて、ただ、落ちていく。
落ちた先に何があるのか、見慣れた夢のその先を予測するのは難くない。
だからここまで来ては観念する。
まるであの頃の自分がそうであったように。
「痛っ!」
「まぬけ。ぼさっとしてるから。」
師走。
庭の松の冬囲いのついでに剪定をしているのは晋太郎と市村である。
市村が小さい身体で梯子からちみちみ枝を切っているのをみかねた晋太郎が手伝っているのだ。
晋太郎の器用さは群をぬく。
料理洗濯掃除をそつなくこなし、金銭感覚も冴えている。
ただ時々みせる異様なドジさが彼を完璧な人間には見せない。
今だって先程まで十分気をつけていたにも関わらず、ふわっと気をぬいたのか、自分が切り落とした枝が上から降って顔面をたたいたところだ。
梯子から降りて目を覆っている。
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