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「ほー、宗次郎はまた腕あげたなあ。」
そんな近藤さんの空気の読めない発言はあまり耳に入ってこなくて、たった数分であがってしまった息と心臓の音に、俺は頭が真っ白になっていた。
このひとは、誰よりも強い?
感じた違和感にくっついてきた直感は、ようやく土方さんを直視するだけに相応しい納得をくれた。
すっとするほど清々しい悔しそうな表情は、決して俺にひとつの優越感もくれなかったが。
そんなものは、少なくともこのひと相手にはいらなかった。
「……沖田宗次郎。」
「!はい……。」
初めて土方さんに名前を呼ばれた。
鋭い視線は睨みつけるようでも、構わなかった。
なぜだかこの人に認められたかった俺は、背筋を伸ばして、土方さんの狼みたいな孤独な目を見つめあげた。
「……勝ったと思うなよ。」
ひぃっ。
思わず、俺は後ずさる。
手に持っていた木刀を、俺は不覚にもその場に落として、キョロキョロとあたりを見回していた。
庇護を求める癖は、甘えて育った俺の悪い癖で、すぐさま近藤さんの背に隠れた。
「ははっ、宗次郎は腕はあるのにこうも弱虫だからなあ。トシもそう脅かしてやるな。」
「別に脅かしてなんかいねぇよ。次は勝つって言ってるんだ。」
そう言いながら土方さんは不機嫌そうにこちらに歩いてくる。
近藤さんの前で立ち止まり、ちらりと俺に目をくれる。
先程のきれいな狼みたいな目じゃなくて、心の底が見えないような目。
「……明日もきていいか。」
「もちろんだ!!明日も明後日も、ずっと来るといい!」
近藤さんの声音がわかりやすく明るくなる。
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