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俺はむうと頬をふくらませると、姉さんの袖をひいた。
「でもね、俺ね、土方さんには負けないよ。」
「あら、何を出し抜けに。土方さんは、あんたが上手だからって意地悪してる訳じゃないんでしょう。」
「そうだよ。だからね、ずっとずっと勝ち続けて、認めてもらうの。そしたら、話しかけてくれるかなあ。」
「そうね。そういうものかもしれないわね。」
姉さんはまたクスクスと笑った。
俺はそれから眠たくなるまで、姉さんに一から十までくだらないことをしゃべり続けた。
褒めてもらえることが、幸せで。
そのために明日もあの場所に行く。
俺の剣は、だから、至極自分中心なものだった。
剣が何のために存在するのか、それは俺にとっては自分を表現するためだけのもので、それが誰かを傷つけたり、助けたり、「誰か」という対象を持つことを知らなかった。
もちろんいまではそれは痛いほどわかってる。
一番最初にそれを教えてくれたのは土方さんだった。
「あっ、姉さんだ。」
夕暮れ時。
稽古あとの、いつも通り気持ちいい倦怠感が、温かい家への帰り道をご機嫌に進ませる。
その道の前に、姉さんがいる、そう気づいて俺は珍しく独り言ちた。
ぱあっと走り出そうとして、雰囲気が違うのがわかる。
誰かと言い争っている?
誰だろう。
姉さんは気が強いから、別に珍しいことじゃないけど、なんかちがう。
二、三人の男が、姉さんの肩を掴んだのが見えて、俺はカアッと頭に血がのぼるのがわかった。
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