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ドクンッと、心臓が一際大きな音を立てた。鼓動がやけに速くなり、手が震える。
「じゃあ…お互い、ずっと…騙し合っていたっていうんですか…?」
「そういうことですね」
では、あの笑い合った日々は。全て嘘だったのかもしれないということだろうか。笑顔という仮面を貼り付け、その下では、探り合いをしていたのだろうか。
「き、きっかけ…は?なぜ、菊姉は、此処から出て行ったのですか?」
「………それは…」
総司の声が震えていた。それは、総司にとって悪いことなのか、それとも雪斗にとって悪いことなのか。どちらにしろ、良いことではないのは確かだった。
「大丈夫ですよ。教えて下さい」
「雪斗、大勢の男の中に、女一人。何が起きるか、わかりますか?」
「…え?…っ!!…ま、さか…」
脳裏を過ったのは、忌々しいあの日のこと。身体の震えを抑えることが出来ない。総司の温もりが無ければ、自我を失っていただろう。
「…新入りの隊士が四人。真夜中ですね、菊さんの部屋に押し入ったんです。私たちが菊さんの部屋に駆けつけた時、…大丈夫ですか?」
「は、い…」
「口に布を詰め込まれ、四肢を押さえられて、着物はボロボロ。未遂だったことが唯一の救いでした」
ガタガタと震えが止まらない身体を一層強く抱き締めてやり、総司は一度話しを止めた。雪斗の過去を知っているからこそ、余り話したいことではなかった。
「それで…それで、どうなったんですか…?」
「新入り隊士たちは、身ぐるみ剥がして、刀取り上げて、故郷に帰しました。幸い、他の隊士たちは、菊さんのことを、そういう大丈夫で見ていませんから、暫くしたら、部屋から出て来れるようになっていました」
ホッと息を吐いた雪斗は、あの日の記憶を消そうと頭を振った。今は、自分のことに気をとられている暇はない。例えそれが、どんなに心を削ることであってもだ。
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