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雪斗は、何も気付かなかった。そんなことになっているなんて、思いもしなかった。菊だけはずっと、新選組の傍にいるだろうと、勝手に思い込んで、信じて疑わなかった。
「間者だとしても、流石にやっていいことと悪いことがある。このまま屯所にいては、いつかまた同じことが起こる。それに…」
「それに?」
「私たちも、菊さんのこと、結構好きだったんですよ」
困ったように笑う総司は、落ち着いてきた雪斗の髪をそっと撫でた。間者と知っていても、菊のことを嫌いにはなれなかった。
「わ、私もです。だって…私、菊姉に嫌なこととか…されたことないです」
「でも、私たちがどう思おうと、菊さんには関係なかったようですね」
「え?」
総司たちの知らない空白の日々が雪斗にあるように、雪斗もその日々の新選組を知らない。お互い口にしないのは、後ろめたいことがあるから。聞かれないのをいいことに、その優しさに浸っている。
「あの事が、菊さんには私たちの指示だと思ったらしく、その後、どんな情報も掴み流していったんです。勿論、お互いバレたことが分かっているので、嘘の情報も沢山掴ませましたよ」
「そんな…」
菊は駆け引きが上手かった。だが、それに対抗したのは土方。それには総司や近藤たちも舌を巻いた。騙し騙され嘘を交え、どれだけ正確な情報を手に入れられるかが勝負だった。
「このままではいけない。そう思った私たちは、丁度、嶋原で不審な動きがあると報告があったので、そちらに間者の芸子として住み込んでやってもらうことにしたんです」
新選組に居ない分、情報が掴まれることは殆どなくなったが、逆にいえば元々の仲間とのやりとりが菊にとっては楽になった。
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