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「んー…どちらがいいと思いますか?」
「え?」
雪斗は二本の簪を市村に見せた。どうやらこの二つで迷っているらしい。一つは藍色を基本とし、薄紫色の藤の花が控え目に咲いていた。二本目は、緑色の櫛に翡翠の飾玉が連なっていた。
「どうしようかな…」
「俺は、こっちの方が好みです」
市村は、藍色の簪を指差した。雪斗は少し迷うように形のいい柳眉を寄せ、頷いた。
「これにします。鉄君、ありがとう。会計に行ってくるので、外で待ってて下さい」
「はい」
会計に行った雪斗と別れ、市村は外へ向かった。
暫く外で待っていると、雪斗が店から出てきた。軽く手を振りながら歩いてくる雪斗に駆け寄ると、市村はホッと息をついた。
「お待たせしました。鉄君、行きたい所は決まりましたか?」
「え、と…お腹減ったので…」
思わぬ市村の言葉に、雪斗はフッと笑みを零した。ポンと市村の頭に手を起き、くしゃくしゃと撫でた。
「そうですよね。お腹減りましたね。美味しい甘味屋があるので、そこに行きましょう」
「は、はい」
笑いを堪えながら雪斗は、市村と共に歩き出した。そうしてやって来たのは、陽向屋という店だった。暖簾をくぐり戸を開けると、甘味の香りが鼻をくすぐった。
「雪斗、いらっしゃい」
「空、席あいてる?」
どうやら、仲が良いらしい。親しげな二人の姿に、市村はキョトンと後ろを着いていくだけだった。と、奥から少し厳つい男性が出てきた。
「あ、奥平さん!!」
「おぉ。雪斗、いらっしゃい」
「どうですか?慣れましたか?」
「あぁ。世話になったな」
少し照れくさそうに顔を逸らした奥平に、雪斗は笑みを浮かべた。あの時は、興奮していたようだが、奥平はそこらの男よりも腕が立つ。
「それはなによりです。空たちをちゃんと守って下さいね?」
「もちろんだ」
二カッと笑う奥平の表情はまるで子どものように澄んでいた。甘味屋で働いていると、沢山の人がやってくる。そこで沢山の人との関係を築けていければいいと思う。
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