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「おやじさん、ブレンド」
カウンターの中にいる店主に一声かけ、そのまま奥のボックス席に、入り口の方を向いて腰かける。
肌寒くなってきた季節だがまだコートはいらない。羽織っていたジャケットを脱ぎ、深く座り寛ぐと二人がけの古いソファーのスプリングが強く体を押し返した。
隣に置いたジャケットのポケットの中から煙草とライターを取りだし灰皿を手繰り寄せる。目線をあげれば店主がやっと動き出し、カップを戸棚から出しているところだった。
煙草に火を付け、顎を擦りながら紫煙を吐く。髭を毎朝剃らなくなった時からの癖だ。上を向いて、いったいいつ頃ついた染みか判別のつかないものを見ながら思考を止めた。
高岡がこの町に住み着いて7年が経った。
初めて来店したその時から雰囲気は変わらず、まるで時が止まったような錯覚に陥るこの店が好きだった。
自分のようないい年をした男が、平日の昼間からふらふらしていても干渉も詮索もされない、他人に対して無関心な店主がいることも高岡には都合が良かった。
何もすることがなく、一日の時間が苦痛なほど長い高岡にとってはいい暇潰しの場だ。
日差しのなか懸命に働く同年代の人間たちに申し訳無さを感じつつも、この寂れた店に来ることが日課と化していた。
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