第一章 3月16日 林田 敏弥

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 目に見えない何かに思い切り握り潰されている様な感覚……いや、そうじゃない。  見開いた彼女の目はしっかりとそれを見ていた。  自分の足をこれでもかと締め付ける白く細い手。  それを支える皮ばかりの細い腕。  そして不自然に車体から生えている女性の身体。  どこかべったりと湿っている肩ほどまでの黒髪。  その下から覗く黄色く濁った見開いた眼球。 「この世に未練があるのだろうが、ここはお前の住む世界じゃあない!  大人しく……消えるんだ!」  力強く女子高生の肩を押さえると、林田は何やら経の様なものを低く唱えはじめた。  するとどうだ。  今まで恨めしそうに女子高生を睨み付けていた女の顔が、突如苦悶に満ち始めたではないか。  林田がさらに力強く経を唱えて数秒、女は水中にずるりと引きずり込まれる様に、車を透過して地面の下にへと消えていった。  抜けた髪が生々しく、車内に散らばっている。  目の前で起こった事があまりに非現実で、あまりに気持ち悪くて、彼女は目を見開いたまま息をするのも忘れている。  林田は女が消えた地面を見つめながら、ぐっと眉根に皺を寄せて低く唸った。  その廃屋で過去に何があったのかは分からないが、相当強い念を感じた。  現場に行くのはやばいかもしれないな。  林田は心の中で呟くと、気を取り直したように息をふっと吐き出した。 「さぁ、もう大丈夫だ」  林田にぽんと肩を叩かれ我に返る彼女。 「ねぇ、今のって……」 「まぁ、あれだな。  心霊スポットなんて所には気軽に行くなって事だな」  林田は軽く笑うと、 「そういえば……」  と思い出したかの様に目の前の女子高生を見つめた。 「まだ名前を聞いてなかったね」  彼女は一瞬微妙な表情を見せたが、 「高田智子よ」  と苦々しく微笑って見せた。 「そうか。よろしく高田さん」  林田はさてと一息付くと、ようやく本題に入る事にした。
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