第二章 3月9日 高田 智子

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 S市にある県立S高校に通う高校生、高田智子は、高校最後の思い出にと今夜、友達数人と肝試しに行く事になっていた。  オカルトやホラーの類に全く興味のない智子であったが、親友の佐藤夏美がどうしてもと言うので渋々承諾したのだ。  なんでも夏美が好意を抱いている男子がそれを提案したらしく、その男子ともっと仲良くなりたい一心で夏美も行くと言ったらしい。  しかし一人では怖いから一緒に来てほしいというのだから仕方がない。 「はぁ……」  智子は家の窓の外を見ながら小さく溜息をついた。  面倒臭いの一言に尽きる。  高校生最後の思い出が肝試しとは、なんとも複雑な思いである。  卒業式ももう間近だというのに、何も幽霊屋敷に行かなくても……  しかも今は3月。時期的にもずれ過ぎである。  というのも、ある噂が学校内に広がったせいなのだ。 ――とある大学生が祟られて死んだらしい――  まぁ、よくある噂話の様な表題だが、実のところかなり現実味を帯びた話であった。  その内容というのがこうだ。  去年S市内にある大学で自殺者が出た。  最初にそれを発見したのは大学の助教授で、放課後の研究室だったらしい。  深夜を回ろうという時間に、まだ明かりが付いていた研究室を彼が覗くと、ピチャリ、ピチャリと水滴が落ちる音が聞こえてきた。  この研究室は工学部の研究室だ。水滴の音がするのはおかしい。  考えられるとすれば飲み物を零してそのままという事くらいか。  だとしたらそれは困る。  この部屋には機材類が沢山置いてあるのだ。  小学校の教室くらいの部屋に人ふたり寝れる程の机が四つ、左右にふたつずつ並んでいる。  それぞれの机の上にはパソコンや実験に使う精密機器などが置かれているのだが、どれも決して安い物ではない。  あれ程研究室内での飲食は禁止だと言っていたのに……  助教授は溜息混じりに研究室に入るやいなや、はっと息を呑んだ。  少し離れた床に赤い水溜まりが出来ている。  元は丁度入口から奥の机の陰になっていて見えない。  一体何が……  トマトジュースや赤ワインでも零したのか?  いや、あの赤はそうじゃないと脳が告げていた。  近付く程に増す錆びた鉄の様な鼻に付く臭い。  あれは……  怖る怖る歩を進め机の脇を覗き混んだ。
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