第二章 3月9日 高田 智子

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 警備員はゆっくりと目線を上へ持ち上げた。  すなわち、彼の好奇心が恐怖心を吹き飛ばしたのだ。  ……!?  見て彼は驚愕した。  全身から血の気が引き今にも気が遠退きそうになる。 「何だこれは……!?」  彼の予想通り、そこには男が横たわっていた。  いや、正確には、上半身は斜め45度位の角度で起き上がっている。  だらんと両腕を地に付け、首には細いロープが掛かっており、それが机の上に伸びているのだ。  その表情は恐怖に引き攣り、まるで地獄でも見てきたかの様に怯えきっている。  首吊り自殺か?  否。  首吊り自殺の特徴である顔面の鬱血や、眼球、舌の突出が見られない。  それに単に首吊り自殺であればこれ程までに出血はしない。  何よりも、これ程までに内臓が散乱するはずがない!  警備員は唇を震わせながら後退りした。  異常過ぎる光景に彼の全身を危険信号が走り回った。  何度も何度も引き裂かれたであろう腹部は、解剖実験の蛙の如く解放され、閉じ込めていた臓物をこれでもかと露に突出させ、あたりにばら撒き散らしているじゃあないか!  至近距離で腹部にショットガンでも喰らえば話は別だ。  あるいは、小型爆弾が腹部辺りで爆発すれば有り得るかもしれない。  だが、通常ナイフや刃物で切り付けただけではこうはならない。  そう、意図的に臓を引きずり出さなければ。  ねっとりとした赤黒い液体が地獄の彫刻の様な造型物をコーティングしよりグロテスクさを増している。  男の腰の辺りや周りには、どれ程切り裂かれたのかを知らしめる様に臓器の切れ端が転がっていた。  ピチャリ、ピチャリ。  丁度肋骨の辺りから血が滴り落ち、無音の空間に嫌なBGMを奏でている。  その横できらりと何かが輝いた。  身体に隠れて見えなかったが、よく見ると刃渡り20センチ程の包丁であった。  ……これで殺されたのか?  だがどうだ。  その包丁はこの首を吊っている男が逆手に持っているじゃないか。  ……では自分で切り裂いたのか?  首を吊った状態で?  眉を潜めながらも目を離せないでいたその時、  ガタリ……。 「ぅわあっ!?」  ロープが緩んだのか、突如後方に男が倒れた。  慌てて飛び退き尻餅を付く警備員。
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