第二章 3月9日 高田 智子

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      2  忘れじの森には昔、野犬の群れが住み着いていた時期があった。  野犬は20年程前に駆除され今はもういないのだが、当時は問題になっていた。  それで子供たちを近付けない様にする為に、そんな都市伝説まがいのような話が出来たのではないかと推測する者もいるが、噂はもっと昔からあったと言う者もいる。  それに実際に野犬の駆除の時には森を一斉捜索している。  それでいて幽霊屋敷など見付からないのだから、少なくとも今現在はないのだろう。  それでもなくならないのが都市伝説なのかもしれない。  夏になれば怖いもの見たさの若者たちがこぞって肝試しにやってくるのだ。  智子はちらりと時計を見やると、今日何度目かの溜息を吐き出した。  7時20分。  約束の8時に間に合わすならばそろそろ家を出なくてはいけない。  智子は愛用のピンクのダウンを羽織ると家を出て、自転車に跨がりペダルを漕ぎ始めた。  国道を市街地を避け住宅街の方へ走り続けると、やがてコンビニにが見えてくる。  住宅街にあるこのコンビニの客はというと、7割が近所の住民で残り3割が忘れじの森への来訪者だ。  ここまで来ればもう森は目の前だ。 「お待たせ」  智子が待ち合わせ場所のコンビニに着いた時には、既に皆揃っていて雑談をしているところだった。 「遅いよ智子~」  夏美が待ちくたびれた様に口を尖らせながら、智子の腕に自分の腕を絡ませた。  甘え癖のある夏美はまるで妹の様な存在だが、時間の10分前に着いたのにも関わらず遅いと言われるのは心外である。 「さ、皆揃った事だし……行きますか」  同じクラスメイトの竹田光彦がパチパチと手を叩いた。  最初に今回の話を持ち掛けたのがこの光彦、それと安達卓と三田義明の三バカトリオだ。  智子と幼馴染みである光彦は根っからのオカルト好きで、おそらく今回の発案者は彼に違いない。  昔からUFOと交信するだの心霊写真を撮ってやるだのと少し変わり者であった。  その光彦と仲の良い卓と義明は、ある意味被害者だろう。  三人とも元サッカー部員で、智子らの親友がサッカー部のマネージャーをしていたという事もあり、よく試合観戦に行ったものだ。 「しかしよぉ、本当にあるのかよそんなの」  安達卓がぼやいた。  背が低くややぽっちゃりしている卓にとって、夜歩き回るなんて行為はもっての他なのだ。
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