序章 6月25日 赤家京子

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 重い衝撃から数瞬遅れて停車するピンクの軽自動車。  わずか1秒足らずの出来事である。 「うそ……!?」  京子の意識も車と同様に停止していた。  今のは何だったのか……。  記憶を探るように思い返す。  だが京子にはあの白い“何か”が何だったのか、はっきりと目に焼き付いていた。  一瞬の出来事だったのだろうが、全てがひどくスローに感じたのだ。  ぼんやりと汚れた白いワンピース。  いや、ただの布だったかもしれない。  車のフロントがぶつかった瞬間、鈍い音と同時にその布は嫌な曲がり方をしてボンネットに突っ伏した。  ゴツンとした硬いものどうしがぶつかる音がしたかと思うと、それはズルリと吸い寄せられるかのようにフロントガラスに張り付いた。  最も見たくない光景であった。  京子は目に飛び込んできたものを考えると、震えが止まらなかった。  最初にガラスに当たったのは赤く染められた額。  踊る悪魔の如く黒い糸が風に揺れている。  ズルズルと上方へ移動する悪魔がじっと京子を睨み付けた。 ああ、何という事か。  今までこれ程までに恐ろしい光景を京子は目にした事がなかった。  赤い糸を引きながら京子を睨み付ける惨劇。 血走った眼球。  ひしゃげた鼻骨。  大きく開かれた歪んだ唇。  これでもかと言わんばかりに、それらはゆっくりと目の前を通過していった。  そして今、車は止まっている。  京子の視界は赤い絵の具をぶちまけたかの如く悪い。  ……どうしよう!?  人ひとり撥ねた。  そう認識した瞬間、京子の頭は赤いフロントガラスを見つめながらフル回転した。  どうするもこうするもない。 そんなの決まっている……早く助けないと!  京子は慌てて車を降りて後方に駆けた。 「……え?  そんなはずは……」  きょろきょろ辺りを見回す京子。  ……おかしい。  確かにぶつかった衝撃はあった。  あの恐ろしい顔も見た。  フロントガラスには赤い血もべったりと残っていた。  なのにどういうわけか。  どこを見ても何もないし、誰もいないのだ。  ……まさか崖下へ?  いや、道路から崖までは数メートルある。  可能性がないわけではないが、極めてゼロに等しい。  では一体どこへ……。  釈然としないまま呆然と立ちすくむ京子の鼻先に、冷たい何かが当たった。  ポツリ、ポツリ。  雨だ。
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