序章 6月25日 赤家京子

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 ……誰もいない。  すぐに正面に向き直るともう一度バックミラーを確認した。 「……やっぱりいない」  気のせいだったのだろうか。  それにしてはあまりに生々しすぎた映像に、京子は身震いして前を向き直した。  車は動いたままだ。  慌ててハンドル左に傾ける。  少し遅れていたらカーブを曲がり損ねて崖下へ転落していただろう。  おおきな溜め息が零れた。  疲れているのだ。  だから変なものばかり見るんだ。  京子は自分に言い聞かせるように胸の中で呟く。  だが、そうではない事に京子は気が付き再び凍り付いた。  壊れて生暖かい風しか吐き出さないエアコンの送風口。  そこからありえないものが吐き出されていたのだ。 「いやっ……!?」  それは送風口からゆっくりと流れていた。  薄暗い赤色の液体。  車内が徐々にほのかな鉄を帯びた臭いで溢れ返る。  嗅いだ事のある臭い……血臭だ。  とろりとした液体が次第に勢いを増していく。  倒れたグラスから溢れた液体が、テーブルの端を滴り流れるかの様だ。  だが京子を凍り付かせたものはそれではない。  首筋に何か冷たいものが触れていた。  白く、細い……。  10本の……指。    ギリ……ギリ……  徐々に力が加えられていく。  垣間見たバックミラーには、憎悪に満ち溢れた女の顔が、じっと京子を睨み付けていた。
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