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……誰もいない。
すぐに正面に向き直るともう一度バックミラーを確認した。
「……やっぱりいない」
気のせいだったのだろうか。
それにしてはあまりに生々しすぎた映像に、京子は身震いして前を向き直した。
車は動いたままだ。
慌ててハンドル左に傾ける。
少し遅れていたらカーブを曲がり損ねて崖下へ転落していただろう。
おおきな溜め息が零れた。
疲れているのだ。
だから変なものばかり見るんだ。
京子は自分に言い聞かせるように胸の中で呟く。
だが、そうではない事に京子は気が付き再び凍り付いた。
壊れて生暖かい風しか吐き出さないエアコンの送風口。
そこからありえないものが吐き出されていたのだ。
「いやっ……!?」
それは送風口からゆっくりと流れていた。
薄暗い赤色の液体。
車内が徐々にほのかな鉄を帯びた臭いで溢れ返る。
嗅いだ事のある臭い……血臭だ。
とろりとした液体が次第に勢いを増していく。
倒れたグラスから溢れた液体が、テーブルの端を滴り流れるかの様だ。
だが京子を凍り付かせたものはそれではない。
首筋に何か冷たいものが触れていた。
白く、細い……。
10本の……指。
ギリ……ギリ……
徐々に力が加えられていく。
垣間見たバックミラーには、憎悪に満ち溢れた女の顔が、じっと京子を睨み付けていた。
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