第一章 3月16日 林田 敏弥

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「いやぁ、そうですか。  わかりました。どうもありがとうございます」  男は深々と中年の女に頭を下げると、くたびれた犬の様にとぼとぼと車に戻った。  林田敏弥、42歳。 「月刊夜霧」というオカルト雑誌のライターだ。  煙草に火を付け溜め息をひとつ。  ぼりぼりと頭を掻いてから、 「やっぱり何も出て来ないか……本当にあるのかそんなとこ」  と、ひとりごちた。  ライターである彼の仕事はもちろん記事を書くことだ。  その為には当然の如く情報が必要になる。  今調べているのは、1週間前に起こった失踪事件についてだ。  本来失踪事件なんてものは専門外だ。  そんなものは聞屋か週刊誌の記者に任せておけばいい。  あとは警察が何とかしてくれる。  だが今回の失踪事件は少し違った。  失踪したのは県立S高校に通う17歳、佐藤夏美。  彼女はその日、友達数人ととある廃屋に訪れていた。  都市伝説とかによくある“幽霊屋敷”である。  そこで肝試しをしている最中、彼女は忽然と姿を消したらしいのだ。  一緒にいた彼女の友達の証言はこうだ。  振り向いたら、いなかった。  俄かには信じられない言葉だが、皆が皆そう言っているらしいのだから信じるしかない。  林田自身はまだその友達とは会ってはいないが、各社の新聞にそう書かれている。  そしてしまいにはこうだ。 「謎の失踪と存在しない廃墟」 「幻の幽霊屋敷に消えた少女」 「神の屋敷での神隠し」  様々な表題を付けられたこの事件。  ミステリー要素を含んだこの事件に、林田の上司が目を付けないはずがなかった。  何かあると確信しすぐさま彼を現場へ向かわせた。  それが今から3日前だ。  警察沙汰にもなっている今回の事件だ。  現場に行くのは容易なはずだった。  だが、どういうわけか一向にその場所が掴めない。  マスコミでも報道されている事だが、警察ですら未だにその場所を特定できていないらしいのだ。  それは何故か。  まず彼女の友達の証言だが、彼女たちはS市内の小さな森に、そこはあると証言している。  迷っても半日歩けば抜けられる程度の森だ。  あれば見付からないはずはない。  だが警察がいくら捜索しても廃屋などは見当たらない。  S市内にある森はひとつしかない。  友達も間違える事はないだろう。
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