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でも、今日はそういうわけには行かなかった、俺の住む都市からこの水上都市まではかなりの距離があったし、文化が違うし、酒の種類も違う、言葉も大分となまりがあるし歩く人のスピードも遅い。
とにかくなにからなにまで俺という存在には会わない場所だった。
『そうかね。何もかもをわかっているならいいんだよ。』
そしてまたこの老人の言葉が俺を腹立たせた。
『いいえ、何もかもをというわけではありません。この条約、つまり我々ベガとカトレアとの間で決定されたこの条約についてですが。私は一人で誰にもばれずに最重要任務だということだけを言われ、ここまできました。いいですか?私がここまでくるのに、かなりの時間と労力がかかっているんです。しかし、私はこの条約の中身については何一つ知りません。この書類に書かれたことは何もしらないんです。つまりこの条約に意義があるのかすらわからない。』
俺が冷たく言い放つと老人はゆっくりとそんなことはどうだっていいという風に口を開いた。
『ふっふっふ。おもしろい人だねキミは、えぇとたしか白氷君だったね?』
『はい』と俺はいった。
『いいかい?白氷君、キミがここまでくるのにどれだけのことをしたのかなんて私にはわからない、それはキミにしかわからないことだ。それにねそんなことをしたからといってこの書類を見てもいいという理由になるのかね?わたしからすればキミはその任を引き受けたんだからそれについてはなにも文句をいってはいけないと思うんだが。どうかね?』
そんなことはわかっていた、今ここで俺がこの目上の老人に対して怒りをぶつけるという行為は誰がどう考えたってばかげてる。
俺がなにもいいかえせずにいると老人はまたゆっくりと口をひらいた。
『それとね、最後にひとつ言うと、[世の中にはわからないということのほうがいい]ということがあるんだよ。』
[世の中にはわからないということのほうがいい]ということがある。
たしかに今老人はそういった。
この老人は本当は気付いているのだろうか?俺があの中身を見たということを。
それを踏まえたうえでその言葉を言ったのだろうか?
そして老人は静かにでも確実にサインをした。
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