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「へぇ、武士様。こんな辺鄙(へんぴ)なところに何の御用でしょう?」
応えたのは老人で、こちらの目も涙に濡れている。
どうやら我の腰布に刺さった剣を見て武士と見当を付けたらしい。
刀と剣とは別物なのだが、平民に見分けをつけろと言っても無理な話か。
説明するのも面倒なので、武士は武士のままで良い。
我は話を続けた。
「おぬしら、この山の主を存じておるか。もしくは、ここには妙な生物は居るか」
すると老人は、小さな目を精一杯広げて「へえ、そりゃあもう!」と応えた。
「あの八つ頭の蛇は、あっし共の娘を全て平らげたんですぜ、知らないわけがねェ。そうして、今じゃあ残ったのはこの小娘一人でさァ」
娘は顔を伏せたまま、とんと顔を上げようともしない。
「おおお、わたしの娘、可愛い可愛い娘達……」
老婆のしゃがれた声が耳に煩わしい。
鉄錆を飲み込んだような声だ。
どうせ主は我が討つのだから、と泣き止まそうとも思ったが、良い事を一つ思いついた。
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