ふたりの太郎

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◆◇◆◇◆◇ その④ 牧野は牧野組の組長となって、はや2年になる。 【龍宮城】の他に飲み屋を数件所有するが、パッとしない売上に少々嫌気がさしていた。 「何かこう、でけえ事がしてえんだよな…!」 東京ではアジア初のオリンピックが開催されるという年で、高度成長期の真っ只中である。 「なんかさあ、これからはビジネスだよ、ビジネス! オレ達ヤクザもさあ、いつまでも斬った張ったじゃいけんよなあ!」 (ビジネス)が牧野の口癖だった。 知性派ヤクザへの転換を目指す牧野は、それなりに努力をした。 不動産関連の知識を身につけ、開発中の東京湾岸埋め立て地を安値で手に入れたりもした。 そんな牧野を不安そうに見上げる若い衆の中に、サル吉と呼ばれてる男がいた。 本名はわからない。 (みんなからそう呼ばれてるから…) 実は自分でも本名を知らない。 生まれながらのひとり身だった。 サル吉の仕事は、テキヤでのまんじゅう売りと、組で飼っている犬の散歩だ。 (親分が、難しい仕事に手ぇ出してんでぇ…オイラ達はどうなっちまうんかな…) 用心棒として、週に一回顔を出す【龍宮城】で、サル吉がグラスを傾けながら晴香を呼んだ。 「あの男、最近よく見かけるなあ、何モンや?」 浦島をあごで指した。 「ああ、あの人、いいトコのサラリーマンですわ、いいお客様よっ!」 晴香がとっさに嘘をつく。 自慢の長い髪の毛先を、指で摘んで鼻の下をくすぐる。 ちょっとした晴香の癖だ。 「サラリーマンかぁ…」 サル吉は、この先の自分を想像した。 この世界に入って2年、昔ながらのヤクザに憧れていた。 しかし時代が急激に変わっていくのも、教養のないサル吉にでさえ感じていた。 「今夜も何も起こらんなぁ…んじゃオイラはそろそろ帰るかぁ…」 店内の奥に従業員の控室がある。 その奥に、乙姫の部屋がある。その6畳の小さな部屋で乙姫は暮らしていた。 牧野に拾われて、牧野の愛人となり、店を持つまでは順調だった。 が…ここ最近の牧野には、乙姫を構うほどのヒマがなかった。 「どうしたんだい?考えゴトかい?」 浦島がベッドの中で、乙姫の髪を撫でながらタバコに火をつける。 「ん…なんでもない…もう寝るわ…」 浦島が服を着て外に出る。 最近は妻の顔も浮かんでこなくなっていた。
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