ふたりの太郎

6/14
前へ
/14ページ
次へ
◆◇◆◇◆◇ その⑤ 「浦島さん…あたし…出来たみたい…」 そう言われた時、浦島にはどうする知恵も行動力もなかった。 乙姫も同じで、あれよあれよという間に6畳の部屋で男の子を出産してしまった。 ママとして、店の仕事をこなしながら、牧野やサル吉にバレないよう赤ん坊の世話をするのは、並大抵の事ではない。 清美と晴香にはこの秘密を打ち明けた。 晴香は献身的に協力してくれた。 清美は、牧野にバレるのを恐れているのか、口では協力的でも体は動かさなかった。 むろん、浦島も赤ん坊の世話を出来るはずもなかった。 「もうムリだわ…ハルカさん…残念だけど…」 乙姫と晴香の疲れはピークに達していた。 その日、店を閉め、まだ夜が明けないうちにふたりは店を出た。 店の人気メニュー、フルーツ盛り合わせのバスケットに赤ん坊を入れ、山道を登った。 一時間ほど歩き、乙姫が足を止めた。 「ママ、夜が明けてきたわ…」 晴香の額にうっすらと汗がにじむ。 「ごめんね…赤ちゃん…」 草むらにバスケットを置いて、布団がわりの果物を赤ん坊に被せる。 帰り道、どうしても納得できない晴香は乙姫に尋ねた。 「なんであんな、人気のいない山の中に置いていくの…?もっと他にいい場所があるんじゃない…?」 乙姫は、その場所が、山に住む一軒の老夫婦の洗濯場であることを知っていた。 以前、サル吉の犬の散歩について行った時、おばあさんが川で洗濯をしていたのを見た。 「あのばあさん、毎日あそこで洗濯してんだよ。」 サル吉が言ってたのを覚えていた。 老夫婦に子供がいない事も、サル吉は知っていた。 (あのおばあさんなら、この子を拾ってくれるかも…) 晴香はそれを聞いて、少し安心した。 それからは、無言のままふたりは山を下りた。 いや、三人だ。 ふたりのあとを、清美がこっそりつけて来ていた。 その足で牧野の所へ向かった清美は、山の出来事を全て報告した。 そして次の日、乙姫の期待どおり、シズエが赤ん坊を発見している。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加