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◆◇◆◇◆◇
その⑤
「浦島さん…あたし…出来たみたい…」
そう言われた時、浦島にはどうする知恵も行動力もなかった。
乙姫も同じで、あれよあれよという間に6畳の部屋で男の子を出産してしまった。
ママとして、店の仕事をこなしながら、牧野やサル吉にバレないよう赤ん坊の世話をするのは、並大抵の事ではない。
清美と晴香にはこの秘密を打ち明けた。
晴香は献身的に協力してくれた。
清美は、牧野にバレるのを恐れているのか、口では協力的でも体は動かさなかった。
むろん、浦島も赤ん坊の世話を出来るはずもなかった。
「もうムリだわ…ハルカさん…残念だけど…」
乙姫と晴香の疲れはピークに達していた。
その日、店を閉め、まだ夜が明けないうちにふたりは店を出た。
店の人気メニュー、フルーツ盛り合わせのバスケットに赤ん坊を入れ、山道を登った。
一時間ほど歩き、乙姫が足を止めた。
「ママ、夜が明けてきたわ…」
晴香の額にうっすらと汗がにじむ。
「ごめんね…赤ちゃん…」
草むらにバスケットを置いて、布団がわりの果物を赤ん坊に被せる。
帰り道、どうしても納得できない晴香は乙姫に尋ねた。
「なんであんな、人気のいない山の中に置いていくの…?もっと他にいい場所があるんじゃない…?」
乙姫は、その場所が、山に住む一軒の老夫婦の洗濯場であることを知っていた。
以前、サル吉の犬の散歩について行った時、おばあさんが川で洗濯をしていたのを見た。
「あのばあさん、毎日あそこで洗濯してんだよ。」
サル吉が言ってたのを覚えていた。
老夫婦に子供がいない事も、サル吉は知っていた。
(あのおばあさんなら、この子を拾ってくれるかも…)
晴香はそれを聞いて、少し安心した。
それからは、無言のままふたりは山を下りた。
いや、三人だ。
ふたりのあとを、清美がこっそりつけて来ていた。
その足で牧野の所へ向かった清美は、山の出来事を全て報告した。
そして次の日、乙姫の期待どおり、シズエが赤ん坊を発見している。
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