ふたりの太郎

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◆◇◆◇◆◇ その⑦ あれから10年の歳月が過ぎた。 乙姫は【龍宮城】をひとり静かに去って行った。 そして、二代目乙姫の座には清美が選ばれた。 人のいい晴香は、ここでも清美をサポートした。 客の前に出る事を控えて、料理に力を注いだ。 浦島が顔を出さなくなった理由も知らない晴香は、すべてを忘れようと努力した。 乙姫が店を去る日、涙を見せながらも赤ちゃんの話はしなかった。 それきり清美との間でも、その話はいっさいしていない。 店は、(大はやり)とまではいかないが、そこそこ老舗として繁盛していた。 だが、牧野の興味は全く違う所にあった。 以前、買い占めた湾岸地帯に新しい店舗を建設していたのが、ようやく出来上がったのだ。 オーナー名義はあの安子がおさまった。 夫の太郎には、少しも未練を感じず、簡単に牧野の愛人になっていた。 「海の店の次は、動物の店がいい! しかも今度は酒飲ませるだけじゃないぞ、 ネズミやアヒルがパレードしたり踊ったりするんだ! 子供も喜ぶぞ!」 アメリカに渡り経営法を学んできた牧野は、日本の娯楽をいっぺんさせてやる!と息巻いていた。 「ネズミ?アヒル? …もっとかわいい動物じゃダメなの…?」 「いいからオレの言うとおりにするんだっ! それから、ここの地名、お前の名前をとって【浦安】にしといたぞ! うれしいだろう!」 「苗字の浦島は嫌だわっ、忘れてたくらいなのに…!」 「もう、役所に届けちまったよ。 まあ、気にするな! これから忙しくなるぞ!」 牧野の読みは的中した。 予想以上の繁栄ぶりだった。 日本ではまだ知られていない【アトラクション】という言葉を使い、膨大な敷地に乗り物などの遊具を増やしていく。 もはや、清美の【龍宮城】と比べるような(店)の範囲を超えていた。 遊園地のカテゴリーをも一気に飛び越え、ひとつの楽園と化していた。 誰もが憧れる【ランド】が出来上がった。 牧野がついに頂点に達した瞬間だった。
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