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月明かりだけが差し込む暗い部屋の中――彼は考え込んでいた。
黒い髪が夜風に吹きさらされ、一瞬フワリと宙に舞う。
……そして、長い長い沈黙を破り、彼は赤味を帯びた瞳を開く。次いで、目の前の扉を開いて、中へと素早く入り込み、ポツリと呟いた。
「千里、」
――と。
まるで、闇の中にでも消え入りそうな小さな声で、悲しげに。
ゆっくりと中へと足を踏み入れると、瞳を固く閉じたまま、二度と開く事は無い弟の横へと、膝を付いた。
「千里、……俺は、お前に謝っても、決して許されないだろう」
そして、冷たい手を握り締め、懺悔する様に言葉を続けた。
「お前は『愛した』。――ただそれだけだったんだ。元々はそれだけだったんだ。それが捻れ、曲がり、……そして」
そこで言葉を区切り、彼は唇を噛んで顔を俯ける。
ポツリ、と湿った音を立てて落ちたものは、彼自身、久しぶりに弟に見せる感情だ、と思う。しかしそれでも、彼はポタポタと連続して落ちる涙を拭う事もせず、再び言葉を綴った。
「許せないか? お前から全てを奪った俺が、許せないのか?」
切実に問いかけるが、目の前の弟は決して目を開かない。……そして、それを彼自身も分かって居るというのに、ぽつりぽつりと紡がれる言葉を止める事は無い。
「俺は知って居る。お前が犯した罪も、俺が犯した罪も。ただ覚えて居ない。忘れてしまったんだ、その方法を……」
自分の腹部でグッと拳を握り締め、彼はもう片方の手で弟の滑(なめ)らかな頬を愛おし気に撫でた。
「それでも、俺は許す。――全て、俺の罪なのだから」
ただ、と‥彼は付け加える。
「それでも俺は、抗(あらが)うのだろう」
それだけ呟くと、彼はスッと立ち上がり、そして“毎日の決まりごと”の様になってしまった言葉を最後に付足した。
「お前と同じなんだ。『俺は愛した』――ただ、それだけだった」
――その瞬間、動かない筈の白い手が、ピクリと動いた気がした。
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