Ⅶ、選択肢のひとつ

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 湊先輩がが立って居る場所は、丁度千里の部屋だ。  恐らく、見舞いにでも来たのだろう。こんな時間に、と思うけれど、今の時期忙しい湊先輩にとっては、これが精一杯なのかもしれない。  そんな事を思う俺の目線の先で、月光が、さらさらと波打つ湊先輩の漆黒の髪を照らし出していた。  赤味を帯びた瞳は、白い月の光の中‥まるで吸血鬼であるかのように赤く輝いている。……が、怖がりな俺は、ただ一人湊先輩だけは怖いとは思わない。  少しばかり彼のありようが変わったとしても、湊先輩は湊先輩自身でしか無いと思うし、――例え、彼が怪奇現象だったとしても、湊先輩は彼自身を貫くような気がするからだ。  何か考え込むように、その場に止(とど)まって居た湊先輩は、暫らくして、ゆったりとした動作で窓から離れると、千里の部屋へと入って行った。 (入った、か……)  中に入った事を確認して、俺は視線を部屋の中へと戻す。  部屋の中には相変わらず、すぅすぅと穏やかな寝息を立てる後輩が一人と、彼が蒐集(しゅうしゅう)して、収拾が付かない状態になってしまった本塔があった。  ふぅ、と短く息を付き、俺はその中に埋もれて居る布団をグイッと掘り出す。  どうやったら一日でこんなにも布団の上に本を積めるのか……。  日中は校内で慌しく動き回って居る為、乙月が居ない時間(授業中であったり昼食中であったり)は分からないのだけれど。 「今度、眞鍋先生にでも聞いてみようか」  ポツリと呟いた思いつきだったのだが、結構これが一番効果があるかもしれない。  乙月が思って居る以上にブラコンな眞鍋先生なら、スラッと話してくれそうなのだ。正し、後に乙月に恨みがましい目で見られるだろうが、そこは彼の愛嬌として取っておくとしよう。  畳の空いたスペースに布団を敷き終わった俺は、乙月の体をグイッと引っ張り上げた。
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