Ⅶ、選択肢のひとつ

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 自分自身で言い訳をして、自分自身で納得しながら、俺は頬杖を付いて乙月を見つめ続けた。  そして一頻(ひとしき)り彼の顔を眺め、唇の下に薄いホクロを見つけた所で、遠くの方で襖が閉まる音がした。 (湊先輩、帰るのかな)  そっと目線を襖へと向けた俺。どうやら、先(さっき)覗き見をして居た時に閉め忘れていたらしく、襖は俺の顔分――つまり、数十センチの隙間を残して開いて居た。  その前を、キシキシと床を軽く軋ませ歩く、丁度湊先輩がスッと横切って行った。  当然、彼の事だからこちらの気配に気付くと思った。  ――けれどその俺の推測は外れることになる。湊先輩は、深く悩み入った様な表情で襖の前を通り、そのまま通り過ぎて行ってしまったのだ。 「みー兄ちゃん……?」  思わず、以前に呼んでいた愛称を呼ぶほどに、俺は動揺した。  自分に気付かれなかったから、という簡単な理由ではない。“彼が人の気配に反応しなかった”という点に対して俺は動揺したのだ。 「こんなの事、今まで無かったのに」  どんな気配であっても、それが生物であれば相手に気取らせずに警戒心を抱き、観察する。それが銀 湊という人であった筈なのに。  やはり、最近の彼は、どこか、らしく無いのだ。  そっと襖へと近付き、外へと目線を向ける。すると、丁度湊先輩が燐火の森付近の道へと続く、扉を開いたところだった。 (追って、話を聞いてみるか――?)  最近の彼の行動の意味について。  暫らくの間、悶々と悩み‥月光が差し込む窓から会長の様子を窺(うかが)おうとした俺は、そのまま……ガチッと体を強張らせた。
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