Ⅶ、選択肢のひとつ

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◆  相変わらず、“学園の中に存在している”とは思い難い程に深い森だ。  乙月の部屋に置いてあった提灯(一応中は蝋燭ではなく豆電球だが)を持ち、その灯りを頼りに森の中へと分け入って行く。  どういう事か、先(さっき)部屋を出たばかりの湊先輩の姿は見当たらず、先導するように前を走る狐しか見当たらない。  こうなってしまえば、この暗い夜道では、俺にとってあの狐だけが頼りだった。  ――まぁ、怯えて邪険にしていた事を思えば、狐にとって体のいい話なのだが。  そんな事など気にせず、狐は俺が付いて来て居るか確認するように、時折こちらを振り返る。それに提灯を上げて『付いて来てるよ』と応えると、狐はすぐさま尾をひらりと翻して、再び森の奥へと俺を導いて行くのだ。  何だか不思議な感覚だった。  狐が人を攫(さら)う、とは良く言ったものだが……この時の俺は、その言葉の信憑性を改めて実感する。  今も昔も、人は闇に惑う。それは常に共通している。  そして、闇夜を照らす街頭が、人に底知れぬ安心感を与えてくれる様に、彼らの放つ不可思議な輝き――例えば狐火だとか、そういった仄暗い闇の中にポツンと落ちたただひとつの、己の道を照らし出してくれる、そんな存在に見えるのだろう。  そして人は更に惑う、とも文献の中から想像出来るけれど。  ――俺はもしかして、誑(たぶら)かされているんだろうか。  ふとそんな事を思う。  それに、湊先輩が居ないという事は、それってつまり……。  その先を考えようとした所で、目の前を行く白い狐が短く鳴いた。  ハッとして俺が目線をあげると、狐は目線を逸らし、その先――つまり、あの“ここ最近になって何度も訪れる事になった湖”を指す。 「そこに来いって?」  思わず人の言葉で問いかけ、「あ、」と口を覆いかける。が、狐はまるで通じて居るかのように、こくりと頷いた。
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