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「……りて」
「え?」
ザザッとかかる雑音に、俺は首を傾げる。その俺に向けて、彼はぎこちなく微笑み、こう言った。
「私は、とりてだ」
「……とりて‥」
突然言われた言葉を、反復して言葉にする。そして、言葉にした瞬間、それ――つまり、『とりて』というのが、彼の名前である事に気が付いた。
「あっ! 俺は――」
「君は、かなめ、だ」
「知っていたのか」
「この場所を漂い、情報を集め、名を覚える程度には。私は此処に居る」
俺の名前を知っていた事に驚いたが、彼――とりてと名乗った、狐の姿をしていた男が怪奇現象の正体なのだとしたら、それも不思議ではないのかも知れない。
何せ、謎の怪奇現象が起こり始めたのは二ヶ月相当前の話なのだ。
それだけの時間を燐火の森で自由に動きまわれたのだとしたら、その程度の情報、軽く収集出来るだろう。
けれど、彼が本当に怪奇現象の正体なのだとしたら……、それは、乙月や萬部の人たちを、命の危機に陥れた人物とイコールなのである。
その事を思い出した俺が若干後ろへと少し引いた瞬間――、白髪の彼は、俺から素早く手を離し、湖の方向へと飛び退いた。
それと同時に、今まで彼が居た場所に、“札を大量に張り散らかした木刀”が叩き付けられたのだ。
バチバチッと雷撃の様な青い閃光が走る。
その眩しさに、思わず目を細めた俺の目の前で、“黒い人影”がゆらりと立ち上がった。
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