Ⅶ、選択肢のひとつ

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 それを、湖の中心辺りまで引いて行ったとりてがジッと見つめ、引き結んでいた口を、やっと開いた。 「お前は、存在する事を忌避される者だ。私は、お前を、知らない」 「それはまた、無体な事を仰ってくれる」 「構っている時間など、私には無い」 「それはこっちの台詞だって。――こちらにも、時間が無い」  そう呟くと、洋斗は青い閃光を放つ木刀を上段で構えた。  そして彼――洋斗は、ゆっくりと息を吸い込み、狐だった男を打ち据える為にザリッと地面を踏締(ふみし)める音が、静寂を纏う湖畔に響いた。  何がどうして、この状況になって居るのか。俺はそれを推測し兼ねていた。  何より、洋斗が言っていた言葉と、それから……湊先輩が言っていた『関わるな』という言葉は、同意の言葉であるような気がしたからだ。  だとすれば、俺はもしかして――。  そこで、ある結論に辿り着こうとした俺の思考を遮(さえぎ)る様に、バチバチッという電撃音が響き、とりてと洋斗の木刀が交差した。  ハッとして目線を向ける俺の視界で、洋斗が相手に向けて、木刀を叩き降ろしていた。  ……そう、文字通り“叩き降ろしていた”のだ。  一見、力任せの様に振り下ろされた木刀は、近づいて来たとりてを一瞬挫(くじ)き、後方へと退かせ、口端を不敵に吊り上げる。  例えば、俺が使う“それ”が日本式の剣道であるとするならば、洋斗の“それ”は恐らく、西洋の剣術に通じた部分があるだろう。  どちらが強いだとか、どちらが弱いだとか。そんな事は俺は考えてみた事は無かったけれど――どちらにせよ、隙の無い完成された武術というのは、動きを見通す事の出来る人間には、それなりに美しく映る物なのだ。  そして、その目の前で繰り広げられる洋斗の剣術は、俺の目には綺麗に見えた。 「し、つこいな! あんた!」  ――と、そんな事を呑気に考えて居たら、ポイッと指先で投げ飛ばされた洋斗がチッと舌打ちをして悪態付いて、俺の横に着地した所だった。  パリッと電流を纏う木刀は、至近距離で見ても、常日頃彼が持ち歩いている木刀と同じ物で……スイッチがあるだとか、仕掛けがあるだとか、そういった類の物は見つけられない。
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