Ⅶ、選択肢のひとつ

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「情熱的に見つめてくれるのは嬉しいんだけどね、かなちゃん。あと数分、数秒。……俺は、時間が無いんだよ」 「洋斗?」 「形状記憶合金」 「……それが?」 「きっと、誰も覚えてない」 「意味が分からないんだが……?」 「きっと、それで良い。捻じ曲げられる必要なんて、無い」  とりてにしても、洋斗にしても――。  どちらの味方をしたら良いのかも分からない現状、俺は黙って見守るしか無い。大体、今の状況がつかめないのだ。  洋斗は憎い奴だが、悪い奴ではない。……けれど、とりても、怪しい奴だが、悪い奴じゃない。  その二つの判断要素に、俺は困惑していたのだ。  そんな事を考えたその時――。  パンパンッ!と何度か聞いた覚えのある音が、静寂を纏う森の中で響いた。  やけに長く耳に残る破裂音。その音が引いた時、洋斗はハッと顔を上げホッと息を付き、とりては眉間に皺を寄せて苦渋を飲んだ様な表情を作ってみせる。  そして次の瞬間。――俺の目の前に在った湖が、ビシビシビシッと音を立てて凍りついた。  何が起こった?と、そう確認する前に、洋斗が俺の首根っこを掴んで後方へと退(ひ)く。そして、湖上で呆然と目を見開くとりてへと目線を向け、口を開いた。 「――これで、何もかも終わりだ。お前はもう二度と、歪ませる事は出来ない」 「そんな、そんな馬鹿な……」  ポツリ、ポツリと呟くとりての言葉には、出会ったばかりの俺でも分かる程の絶望が含まれていた。  けれどそんな彼の姿も、湖面に張る氷が立てるピシピシという音に、重なるように、少しずつ……そう、本当に少しずつ、薄れて行った。  それと同時に、俺の頭の中でもピシピシと何かが割れる様な音が響いた。いや、どちらかというと――元々付けられていたかすり傷が、広がっていくような。そんな微妙に苦痛を伴(ともな)う感覚だ。
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