Ⅶ、選択肢のひとつ

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 そして、彼の姿があの時の様にボンヤリと薄れた時。凍りついた湖面に、ポタリと一冊の本が落ちた。  その様子をジッと見ていた俺と洋斗。  頭を襲う頭痛に耐えていた俺をゆっくりと地面へと座らせて、洋斗は凍りついた湖へと、微塵も怯えた様子など見せずに近付き、そして“その本”を持ち上げた。  ――それと同時に、俺の中で何かがくるりとまわる様な気配を感じ、頭痛に耐え切れなくなった俺は、そのまま柔らかい草の間にゆっくりと体を横たえたのだった。 ◆  ポスンッと音を立てて倒れこむ叶芽を見つめ、木の影で様子を窺って居た彼は僅かに苦笑した。 (――こんなにも、簡単だったんだな)  人を捨てるという事が。  けれど同時に、それを可能にしてしまう自分の力が恐ろしくもあった。  微かに震える肩に手を沿え、上下に擦ってみる。……自分が未だ、体温を必要として居るのか、それが少しだけ気になったからだ。  しかしどうやら、自分は未だ体温を必要として居たらしく、擦ることで温かくなる腕は、段々と温もりを全身に広げて行く。 「――怖い?」  そんな彼の様子に、それを始終見守っていた人物は、苦笑して呟く。  苦笑した人物を見上げ、彼はふと首を傾げる。そして、自分の心の中で問いかけてみた。  ……自分が怖いのか、と。  しかし、この世界には“もうひとりの自分”等といった都合の良い物は存在していないし、それを論破出来るだけの理論を持った論者は居ないだろう。  あるのはただ、憶測と推測――それから、曖昧な自分でしかない。  だからこそ、彼は思うのだ。  自分のこの感情と、この能力を、誰かが悪だと論破してくれれば良いのにと。いっそ、その方が楽になれるのにと。
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