Ⅶ、選択肢のひとつ

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「君は、本当に臆病だね」  そんな風に思う彼に、その人物は更に笑う。  そうして笑われる事は不快だ。けれど正直、今の彼を笑い飛ばしてくれる事は、自分の能力も全て軽く笑い飛ばされた様な気がして、若干楽になれる。でも、その後すぐに彼を後悔が襲い、結局は嘆く。その繰り返し。……矛盾と自虐の悪循環というものだ。  それでも、“毒舌で二枚舌で小言が煩い小姑の様な人物”が、彼の傍を離れる事はない。  それが分かって居るからこそ、彼は少しだけ‥発狂しそうな程に憎い、自分自身を憎悪せずに済むのだ――。 ◆  ゆらゆらと不思議な調子で揺れる。  自分が何時も歩く速度とは異なる速さで、そして目線の高さで、位置で……見慣れた森の光景が過ぎていく。  それを薄目を開けて見つめ、俺は視線を更に移動させる。  すると、ぼやける視界の中に、見事なほどのクセ毛と、それからキュッと噛みしめられた唇が見えた。  ――誰だったっけ?  ふと‥俺が目を開いている事に気がついた彼はこちらを振り向いて、やや悲しそうに苦笑する。  そして、俺をギュッと抱きしめて耳元にこう囁いた。 「洋斗。俺は、洋斗だよ……かなちゃん」  洋斗、……洋斗?  ああそうだ、このクセ毛と、憎たらしい程に男前な顔立ちと、艶を含んだ声音は、――あの転校生じゃないか。  そう思った瞬間、ぐるりと再び視界が回った。 「……洋斗、俺は一体‥」 「……?」  そうだ、とりては?それから凍りついた湖は?  ハッとして目を見開く俺の視界一杯に、洋斗の顔が映りこんだ。  存外、彼は至近距離に居たらしい。……いや、訂正。どうやら俺は、洋斗に抱き上げられていたらしい。しかも、所謂(いわゆる)お姫様抱っこという類のアレで。  慌てて彼の胸板を押し、俺を地面に降ろすよう仕草で示す。――が、彼は微動だにしない。
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