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「洋斗……ッ!」
「……どうして?」
「ん?」
しかし、俺は洋斗のただ事ではない声の震えに、抵抗する事を止め、こちらを目を見開いて見つめる彼を見つめ返した。
その俺に向けて、何か信じられないものでも見る様な目で俺を見つめ、ゆっくりとその場に俺を降ろすと、こう言ったのだ。
「どうして、“俺が洋斗だって知ってる?”」
「どうしてって……」
「“俺たちは知り合いじゃない”。なのに、どうして知ってる?」
「洋斗お前、何言っ――」
何を言って居るんだ、と言おうとした所で、洋斗が俺の肩をぐいっと引き寄せて、そのまま胸の中に抱き込んだ。
余りに勢い良く抱きついたせいか、パサリ、と音を立てて学生帽が落ちる。
すっぽりと包みこまれる様に抱きしめられるのは、何だか悔しい気分だ。悔し紛れに、俺だって一応、平均身長近くあるんだからな、と心の中で付足した。
そんな普段通りのテンションで、彼の腕に抱きこまれて居る俺。……何だかここ最近で、動揺というものを失った気がするな。
けれど、その俺の頭上で、洋斗は俺を震える手で抱き締めたまま、何かを確認するようにボソボソと呟いていた。
「嘘だ、嘘だ――抜け出せない? いや、抜け出したはずなのに。……犠牲は? ならあの場でうしなったのは?」
「洋斗?」
「無理だ、耐えられない。……嫌だ、そんなの、……どうして」
「洋斗!」
「………ッ、」
語気を強くして彼を呼ぶと、黒目勝ちの瞳が怯えたように、こちらに向けられた。若干瞳孔が何時もよりも広くなっている彼は、明らかにおかしい。洋斗らしくない。
身長の差で、下から見上げる状態になっている俺は、彼の頬をぐっと両手で捉え、落ち着けるように上下に擦った。
正直頭を撫でるのは無理だ。俺の身長が足りなくて、無様な事になる。
けれど、頭を撫でるまでもなく、彼はそれで若干落ち着きを取り戻したのか、ゆっくりと呼吸をすると……頬を撫でる俺の手に、自分の手を重ねて来る。
「……ごめん」
そして一言、そう呟いた。
次いで、黒真珠の様な綺麗な瞳に、丸い透明な涙を滲ませながら、彼は言葉を続ける。
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