長文失礼

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私は外に出ると決まっていく場所がある。唯一友人と呼べる私の数少ない知り合いの経営する喫茶店「猫だまし」だ。この喫茶店の出す珈琲とサンドウイッチは格別に美味くて、私の好物なのである。猫だましへ行ける幾つかの道のうち私は特に気に入っている道がある。薄暗い通路であったり、家々の合間を通ったりするのだが、晴れていようが曇っていようが湿り気のあるそんな道。この通路を抜き出た先に現実世界ではない違う世界へいけるのではないかと心を弾ませているのだ。まあ、今まで一度も別世界へ行けたことなどないので、いい加減空想をやめようと思っている。いやでもしかし、もしもという話だからな、もしものことがあるかもしれないので、この空想をやめるにやめられない。そうこう思考しながら歩を進めていたら、ぐにゅう、となにやらやわらかく弾力のある少々大きめの何かを踏みつけてしまった。おそるおそる足元を見ると、人であった。み、水を下さい。といいながら気を失ってしまったので、私はすぐそこにあった喫茶店「猫だまし」へ連れて行くことにした。喫茶店が近くにあってよかった。 からんからん、音をたてて喫茶店の扉が開く。扉に掛かっていた札にはCLOSEと書いてあったので多分ここの主人とスタッフらが昼食休憩でもとっているのであろう。 「すいませんお客様…」 「すまない私だ」 「おや、久しぶりだね。ん?」 喫茶店の主人の視線が私から私におぶられている珍妙な服装をした女性へと移った。よからぬ誤解はされたくないのでそうそうに言葉を紡いだ。 「すぐそこで倒れていたんだ、水が欲しいらしいが気を失っている」 「それは大変だ。奥の部屋で寝かしてやるといい」 「恩に着る」 主人は奥の部屋へと私たちを導くと、すまないがこれから店を開くのだ、と言った。私は彼女をソファに寝かせると、こちらこそすまない、と言った。後で女房に飯を持って行かせるよ、と彼女の頬の汚れを拭った。ありがとう、と礼を言うと主人はなんのなんの、と少し頬を緩めて言った。本当に気の利く主人だ。こんな人が友人でよかったな。
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