傷跡

7/74
前へ
/378ページ
次へ
違う! アルトは布団から勢い良く半身を起こし、そう叫ぼうとした。 だが、言葉は喉に詰まり、声に出来なかった。 ――何が違う。 溢れ出す感情とは裏腹に、冷静な自分はそう告げていた。 そうだと思いたくない、そんな思いは振り切りたい。 アルトは願う。 だが、願えば願う程に現実は辛くなって行く一方だった。 「やめてくれ!」 耐えきれなくなり、アルトは声を上げた。 「もう……やめてくれ」 彼女の顔を見るだけで、ドロワの死を思い出すだけで、……あの女が目の前に居るだけで、頭が嫌な感情が溢れかえる。 彼女になんと言ったらいいのか分からない。ドロワはもう帰って来ない。……どんなに願い、望んでも現実は変わらない。 何もかもが辛過ぎる。 なんでこんなにも苦しい思いをしなくちゃいけない。 「頼むから……これ以上俺を苦しめないでくれ」 苦しみに耐えかね、遂にアルトはそれを口にしてしまった。 すると彼女は泣くのを止めた。 再び部屋に沈黙が訪れる。 しばらくの沈黙の後、彼女は振り返り、ドアノブに手を掛けた。 そして、なんの言葉もなく彼女は部屋を出て行った。
/378ページ

最初のコメントを投稿しよう!

695人が本棚に入れています
本棚に追加