case:零

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 思えば、随分とみっともない出逢いだった。  お互いの顔も見えていない、背中越しに声が聞こえるだけの現象。それでもそこにいる事は理解出来ていたし、布切れと分厚いコンクリートに阻まれているにも拘わらず、皮膚を伝う温もりはやけに生々しく感じた。 「なあ」  魔女の薄氷のような声。黒い着物は鴉の濡れ羽のようで、事実、それは様々な液体に濡れ、染み込んで、体に貼り付いてしまっている。 「何だよ」  力強い返事。肉体は魔女よりも無惨なものになっているのに、それを感じさせない少年の声。  洩れる息は両者共に荒い。手離してしまいそうな意識を何とか捕まえて、互いの存在へと声をかける。 「助けてやろうか?」 「別にいい」 「死にたいのか?」 「な訳無えだろ。生きたくないだけ」  深いようで浅い考えだ、と魔女は思う。雨で頬に貼り付いた自分の長髪を払い、雫を僅かに飛ばす。  激しい雨。にも拘わらず互いの声は鮮明に。まるで鼓膜がそれを求めているようだった。  僅かに背後を窺うと、少年の左半身、その背中側だけが視界に映る。自分と同じように、崩れかけたコンクリートの壁に背中を預け、生の限界と言わんばかりに力無く座り込んでいる。
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