case:零

3/3
前へ
/80ページ
次へ
 魔女は下から上へと徐々に視線を上げる。  左手の指先、投げ出された左腕。赤く染まる肩口。彼が着ている物は学校のブレザーなのだろう。黒い短髪は雨に晒され、捨てられたペットのように惨め。  いや、もしかしたら自分もそうなのかも知れない、と魔女は空を見上げて思う。広がる色は銀色。自分の髪と同じ色だが、それよりはくすんでいる。  鉛色。この空と心にはその名前がよく似合う。 「なあ」 「何だよ」 「助けてやろうか?」 「しつけえ。初対面にしつけえと嫌われっぞ」  一頻りに降り続く雨。翳す傘は無い。互いの内から流れ出る液体は、出来の悪い赤い刺繍を全身に作る。 「そうか。言い方を間違えた」 「何がだ」  それが2人の出逢い。その記憶の彩色。 「助けて――助けて、くれないか?」  思えば、随分とみっともない出逢いだった。
/80ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加