第一章

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「ただいま……っと」 帰宅した俺を待っていたのは、大層ご立腹なノアだった。 試験の方は、結果から言ってしまえば、合格だった。 どうやら人手不足だったらしく、筆記試験、実技試験、面接という過程を踏んではいたが、事実上無試験採用。 いや、今はそんな事より、目の前の魔女。 「のう翔馬。妾がどうして怒っておるか、お主なら分かるよな?」 「さあ?」 決して嘘なんかではない。惚けたつもりでもない。 「急に居なくなりおって。心配したんじゃからな?」 「そこはほら、置き手紙書いたじゃん」 「戯け!『すぐ戻ってくる。探さないでくれ』とか書かれていたら、心配にもなるわ!」 あーなるほど。こういう類の物って、『探さないでくれ』の前の『すぐに戻る』は当てにならないからな、うん。少し反省。 「ごめんな?」 「わ、分かれば良いのじゃ」 呆気ない幕切れに、すっかり毒気を抜かれた様子のノア。 「だが、お主の罪が消えた訳ではない。そこでだ。今日一日、妾から一歩もは、離れるでないぞ?」 「オーケー、分かった、心得た」 即答だった。なんだかんだで、ノアには甘い俺だった。 だってね、震える声で上目遣いで頼まれたら、ね。しょうがないじゃないか。 というくだんの所為で――と言うかお蔭で、と言うかは微妙なところだ――、俺は宿にて軟禁状態。 まあ、ノアが隣に(隣に、というのがミソ。一緒に、ではない)居るのだから、さして苦痛にはならないのだが。 特に何をするでもなく、ベッドに寄りかかり、徒に時間を潰すだけ。 「翔馬、翔馬ぁぁぁ」 隣の魔女は、俺の名を甘ったるい猫なで声で呼ぶ。 「どうした?」 「呼んでみただけじゃ」 なんだ、この可愛い生物は。 俺より永く生きているはずなのに、たまに精神年齢を偽装しているかのような感覚に陥る。 「翔馬、翔馬、翔馬、翔馬っ」 ――やっべぇ、ムラムラしてきたぞ。 「って違う違う。な、ノア。むやみやたらに連呼するもんじゃないぞ?ほら、色々とヤバいから」 主君を諫める臣下がごとくの忠告ぶりだ。これでノアは黙るはず――。 「なにがヤバいのじゃ?申してみよ」 なんてこったい。 完全に予想外の切り返し。予期せぬ返答。想定外の状況。 しかもノアは、謀ったように笑っていた。
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