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「今度は、ぶんぶんと振り回す尻尾が見えるぞ……」
なるほど、我ながら単純で現金な人間だ。
でもきっと、それでいい。それがいい。
「港の定食屋が、つい昨日再築して、今日再開したのじゃ」
納得。そういう事か。
「じゃあ行こうか」
ノアの手を取り、歩き出す。
あの定食屋は、ここから徒歩十分。
その十分間、俺たちは無言だった。
ノアが何を考えていたのかは分からないが、俺は、この繋がれた手が恋人繋ぎだったらなあ、などと妄想していた。
さすがに、ナンセンスか。
そんな事をしている内に、定食屋に到着。中へと足を踏み入れる。
「いらっしゃい……って、ノアちゃんと……彼氏?」
やった。人形から彼氏に昇格だ。
「違う。彼氏違う」
ノアは、恥ずかしいからなのか、元来の人見知りからなのか、どうにも片言だ。
「あなたが翔馬君?」
ノアに続いて、俺に話し掛けてきたのは、温厚そうな女の人だった。
年は、三十代後半か、四十代前半。パーマでもないのに、ウェーブがかった髪を揺らして、訊ねてきた。
「はあ、そうですけど」
いきなり話を振られ、俺は素っ気ない言葉しか返せなかった。
目の前の女性はそれを聞くと、「ふんふん。へー、そーかそーか」と、品定めでもするかのような目で、俺を見回す。
「どうかしたんですか?」
「いやあ、ノアちゃんが、いっつも翔馬翔――んぐ」
「ストップ、ストップ!それ以上はストップなのじゃ!」
何故かノアは慌てて、女性の口を塞ぐ。
見た目通りの、愉快犯気質と言ったところだろうか。
「そうじゃ!夕餉じゃ!妾たちは夕餉をとりに来たのじゃ!」
早口でまくし立て、店内の椅子に飛び乗るように座った。
それにしても、店内には、男の人が見当たらない。
居るのは、この女性――と、その娘と思しき人。
「あの……ご主人とかは?」
「死にました。一年前、この街が襲われた時に」
――ああ、またアイツか。
こんな平和な家庭にまで、遺恨を残しやがって。
「失礼な事を訊いてすいません」
「いいのよ、別に」
そう言う女性は、やはりどこかで無理をしていた。
「……どうして」
気が付けば、少女がそこに居た。多分、この人の娘にあたる人。
小さく肩を震わせて、俯いて。
それでも、何かを言おうとして。
「どうして、もっと早く助けに来てくれなかったの!?」
そんな少女の口から発せられた言葉は、酷く現実を嘲笑うかのようなものだった。
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