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愛しの先生と別れた私は、割と真っ直ぐ、特に寄り道をするでもなく、自宅へと向かっていた。
もとより、目的は先生のストーカーだけだったので、私の興味を引くような店、或いは物、が無かった、というのが現状だ。
『異性をオトす、百の魔法』というタイトルの本に、若干気が惹かれたが、所詮それまで。
買うに及ばず、読むに値しなかった。
何故なら、私たちは魔術を使う存在だ。魔法とか、胡散臭いにも程がある。魔術は、そんな便利なものではない。
仮に、そんな便利な力があったとしても、それを使う事はない。実力で。自力で、地力で、先生を手に入れてみせる。
それが、近年稀に見る、私の確固たる意志。心髄に焼き付けた意思。
そんな桃色の話に浮かれていた私は、近年稀に見るピンチを迎える事になる。
生死に関わる程の、大事件を。
いや、実際に一度、死んだ――のかもしれない。
俺は、ノアと共に夜の街をほっつき歩いていた。ファイにああ言いはしたが、どうやら人の事は言えないらしい。
「この街も、大分元通りになってきたな」
そうなのだ。当時――ちょうど一年前、ファブニールに為す術なく蹂躙されたこの街は、荒廃するしかなかった瓦礫の街は、ものの見事にその原形を取り戻しつつある。
それは、紛れもなくノアの面目躍如たる活躍であり、ノアとこの街――ハルヴァスの住人の努力の結晶だ。
それなのに。
現実は、残酷だった。奇である前に、冷酷だった。
突如、後方で爆音が響いたと思えば、家屋が炎上していく。
正直、嫌な予感しかしない。
後方。そっちは確か、ファイが向かった方ではないだろうか――。
「くっそ、間に合えよ!」
踵を返して、脚部に力を込める。
魔力も出し惜しみなしで。最初から、魔術を全開にして。
一刻ですら、今は惜しい。
「翔馬っ!?」
ノアに構っている暇ですら、惜しい。
あの会話からは想像出来ない程、ファイは優しい。底抜けに、優しい。
だからきっと、厄介事に、自ら首を突っ込んでしまう。或いは、もう突っ込んでしまっている。
俺は一気に駆け出した。初速から全速力で。
ファイの許へと、急いだ。
一瞬、何が起こったのか、分からなかった。いや、分かりたくなかったのかもしれない。
翼を生やした異形――明らかに人間ではない――が舞い降りたと思ったら、直後に周りが消し飛んでいく。
雑貨屋も食堂も呉服屋も青果市も。何もかも。
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